畳やござの原材料で知られる「い草」ですが、近年では安い中国産のい草や化学表(人工の畳表)の普及で、国産い草の栽培面積は徐々に減少してきました。また、生活様式が和式から洋式に変化したこともい草・畳の業界には大きく影響しています。
ここでは、い草がどこでどんなふうに栽培され、加工されて私たちの暮らしに届くのか、筆者が福岡県の織元 (株)松正さんと一緒に、熊本県のい草農家 畑野さんを訪問した時のお話を元に、ご紹介します。
目次
い草とはどんな植物?
い草とは、畳の表やござの原材料に使われる工芸作物の一つです。工芸作物は、収穫量だけでなく、品質が重要視されるので、適切な気候や産地、栽培環境と、高度な栽培技術が必要と言われています。
い草を漢字で書くと「藺草」で、別名は灯心草(トウシンソウ)とも呼ばれるイグサ科の植物です。多くは多年草ですが、8月から育苗を行い、12月に植え付けをして収穫は7月上旬(夏至の前後が適期)に行います。
日本では、い草は2属30種類生息していると言われていますが、ほとんどが野生種で、工芸作物として栽培されるのは、「在来種 (一般的には”きよなみ”のこと指す)」「ひのみどり」「夕凪 (ゆうなぎ)」「ひのはるか」が代表的です。最近では、新品種として「涼風(すずかぜ)」が誕生し、加工しやすい い草として、少しずつ栽培も増えているとのことです。
もっと詳しく知りたい方は、今回ご訪問したい草農家 畑野さんのブログがお勧めです!
→ブログ「茣蓙蔵十平」
産地全体の作付面積が10年で約半減
ここで少し、国内における い草の生産動向について触れてみましょう。
表1のい草の作付面積をみると、ここ10年間で約半減していることが分かります。熊本県八代市の周辺で生産されている、い草農家 畑野さんによると、平成元年で約5,000haあったい草の畑が今では約400haにまで減ってしまったそうです。5,000人弱いた い草農家も、今では300人まで減ったとのこと。やはり、安い中国産のい草や化学表(人工の畳表)の普及が、い草栽培から人が離れるきっかけになったそうです。
産地別のい草の生産割合に関しては、10年前からほとんど変わらず熊本県が9割強を占めており、福岡県が残りの数%になっています(参考:農林水産省統計部調査)。
初めて見るい草畑の風景に感動したのも束の間、昔はもっと見渡す限りのい草畑だったのだろうと感じました。
い草の栽培は匠の世界!
い草だけではない!と言われるかもしれませんが、、い草の栽培はまさに匠の世界です!
そもそも、い草農家さんの仕事とは、い草を栽培して、収穫したあと、専用の染土に付けて乾燥させ、貯蔵→加工(畳表や上敷き)→出荷までが一般的な流れです。一部の工程を外部に委託する場合もあるようですが、今回訪問した畑野さんのところでは全て自社でされていました。
まず、い草は収穫期で155~160cmと背が高い作物なので、栽培管理において倒伏対策をしなくてはいけません。写真のように、い草の成長に合わせて、網の高さを調整します。そして収穫期になると、風になびくい草をみて、しなやかさや色味を判断し、その日乾燥機にかけられる分だけ収穫します。とはいえ、い草は長日植物なので、夏至を過ぎると収穫適期のリミットが近づき、時間との勝負になります。
乾燥は低温でじっくり17時間ほどかけて行うことで、色・つやを保ち、清々しい い草の香りを引き出します。乾燥が不十分だと1年かけて育てたい草がダメになってしまうので、乾燥機からも目が離せません!
生活様式の変化に立ち向かう、い草農家と織元の取り組み
乾燥まで終わったい草は、先ほどご紹介したように、い草農家の手によって、畳表や上敷きに加工されます。しかし、畑野さんが他のい草農家と違うところは、加工前のい草を一部、織元 松正さんへ直接卸していることです。
松正さんは、福岡県柳川市でい草に染色を施し、鮮やかな文様を織りなす「福岡 花ござ」を生産・販売している織元です。柳川市もまた、花ござの産地として知られています。畳離れが進む日本のライフスタイルに対して、需要がないから諦めるのではなく、取り入れやすい い草製品として、花ござラグ(カーペット)や花ござインソールを生産・販売されています。
この一連の流れは、「産地」という枠組みを超えて、熊本県のい草農家と福岡県の織元が手を取り合った、これまでにない取り組みではないかと思います。また、お話を聞く中で、お二人とも自分たちだけが得をすればいいとは思っておらず、い草業界全体の底上げのために、まずは自分たちがどんなアクションをすればいいかを試行錯誤しているように感じました。
意外と知らない、い草の織物「花ござ」
せっかくなので、熊本県のい草を使った松正さんの「福岡 花ござ」をご紹介します!
純国産い草100%を使用した「福岡 花ござ」は、高い吸湿性・消臭効果・抗菌作用を持ち、じめじめした日本の夏にはぴったりの生活アイテムです。見た目も華やかで、デザイン性に富み、和モダンな雰囲気を生活に取り入れることができます。
商品のバリエーションは、ラグ(カーペット)の他に、インソールやランチョンマット、子ども向けのラグマットもあります。伝統工芸品は敷居が高いと思われがちですが、幅広い商品のバリエーションは、日常使いできることをコンセプトに開発されています。
気になる染色については、ベースとなる80色から組み合わせ次第で無限に色を作ることができるそうです。松正さんでは、色がしっかり染まって褪せにくく、柔らかい仕上がりになるように、あえて2年もののい草を畑野さんから仕入れられています。
素材や製法にこだわっている松正さんでは、発信にも力をいれ、少しずつ、OEMのご相談や
オンラインショップ「福岡花ござ専門店」の注文も増えてきたと話していました。
い草の栽培から加工・販売まで、長い時間と農家・織元を渡り 完成する、畳や花ござ(ござ)には、技術や品質以外の魅力がたくさん詰まっているように感じます。
おわりに
今回ご訪問の機会をいただいた、い草農家 畑野さん、織元の松正さん、ありがとうございました。筆者が福岡県出身ということもあり、繋がれたときはご縁を感じ、ぜひ皆さんにも知っていただきたく本記事を書きました。
食・農業界を見渡せば、い草業界と同じように、厳しい状況や課題が山積みの作物はたくさんあります。そんな中でも、今回お会いしたお二人のように、なんとかしようとアクションを起こし続けている人はいると思います。小さなアクションでも積み重なって賛同者も増えれば、業界全体が良い方向へ走り出すムーブメントに繋がるのではないでしょうか?筆者自身は、い草業界に直接的な貢献がまだできていませんが、本記事を読んだ方が、少しでも多く畳や花ござ(ござ)に興味を持ってくだされば嬉しいです。